名前のない香水

一週間後。

約束の朝は、驚くほど静かだった。
蝉の声も、いつもより遠くに聞こえる。

母と並んで歩く病院までの道は、
昔より少しだけ短く感じた。
高校生になってからは、通院も一人で行くようになっていたから、
こうして隣に母がいるのが、どこか不思議だった。

「緊張してる?」
そう聞かれて、私は小さく首を振る。
していないわけじゃない。
ただ、口に出すほど整理できていなかった。

待合室の椅子に座ると、
あの消毒の匂いが、また現実を引き戻す。
名前が呼ばれるまでの時間、
膝の上で指を組んだまま、ほどけなかった。

もし、数値が悪かったら。
入院になったら。
花火大会は、どうなるんだろう。

考えないようにしていた想像が、
今になって、次々と浮かんでくる。

「一花さん」

名前を呼ばれて、私は立ち上がった。
母と目が合って、ほんの少しだけ、うなずき合う。

この扉の向こうで、
今年の夏が決まる。

そう思うと、
胸の奥が、きゅっと音を立てた。