名前のない香水

その日は、放課後も結局話しかけられなかった。

席が近づくたびに、
声をかけようとして、やめて。
目が合いそうになって、逸らして。

――無理だ。

帰り道、スマホを握りしめながら、
何度も画面をつけては消す。

同じクラスにいるのに、
直接聞けないなんて。

でも。

断られたときの顔を見るのが、
どうしても怖かった。

家に着いてからも、
しばらく画面を見つめたまま動けない。

深呼吸をして、
やっと文字を打ち始める。



【一花】
突然ごめんね。
花火大会のことなんだけど……

もしよかったら、
私の友達とその彼氏も一緒でも大丈夫かな?



送信ボタンを押した瞬間、
胸がぎゅっと縮んだ。

――嫌だったら、どうしよう。
――迷惑だったら。

既読がつくまでの時間が、
やけに長く感じる。

スマホを伏せても、
数秒おきに裏返してしまう。

落ち着かない。
心臓の音が、うるさい。

これは、
期待なんかじゃない。

ただ、確認してるだけ。

そう言い聞かせながら、
一花は画面を見つめ続けた。