名前のない香水



夢が、スマホを握ったまま一花を見る。

「……一花が聞いてくれる?」

一花は、一瞬だけ視線を落としてから、小さく頷いた。

「うん」
「桐谷くんに、聞いてみるね」

その声は、思っていたより落ち着いていた。

「お願い」

夢はそう言って、ほっとしたように笑う。

一花も、つられるように口元を緩めたけれど――
胸の奥は、少しだけ重かった。

聞くだけ。
ただ、それだけなのに。

もし、彼が嫌そうな顔をしたら。
もし、もう誰かと約束していたら。

考えないようにしても、
胸のざわめきは消えてくれない。

それでも。

「聞いてみる」と言ったのは、私自身だった。

逃げない、ほんの一歩。

それが、今の私にできる精一杯だった。