名前のない香水

夢がスマホを見せながら、言った。

「花火大会、一緒に行かない?」

一花は少しだけ間を置いてから、答える。

「……実は」
「この前、桐谷くんに誘われて」
「体調がよかったら行くって、返事しちゃった」

「えっ」

夢が目を丸くする。

「ちょっと待って」
「桐谷くん?」
「いつの間にそんな展開になってたの?」

驚きと、半分冗談みたいな声。

「全然気づかなかったんだけど」
「静かに進みすぎじゃない?」

一花は小さく笑う。

「私も、そんなつもりじゃなかったんだけどね」

夢は少し考えるように首を傾げてから、言った。

「じゃあさ」
「みんなで行くのはどう?」
「私と彼氏も行くし」

一花は、その言葉を聞いて、
一瞬だけ言葉に詰まる。

「……うん」
「それも、ありだと思う」

でも。

胸の奥に浮かんだのは、
“安心”じゃなくて、
少しだけ違う感情だった。