名前のない香水



弟たちを部屋に送り届けて、
ようやく一段落ついた頃。

桐谷は、
手を拭きながらスマホを開いた。

画面に表示された、
短いメッセージ。

――行こうと思います。
――よかったら、一緒に行きたいです。

息が、
一瞬止まった。

嬉しい。
それは、間違いなく。

でも同時に、
頭の片隅で、
別の感情が顔を出す。

(……本当に、大丈夫なのか)

文化祭の日。
倉庫で見た、
あの少し苦しそうな顔。

「無理してないか」
そう聞いたときの、
彼女の返事。

嬉しい、だけじゃない。

誘ってよかった、という安堵と、
もし何かあったら、という不安が、
胸の中で、静かに混ざり合った。

それでも。

スマホを握る指に、
自然と力が入る。

(……来てくれるんだ)

その事実が、
桐谷の心を、
確かに温めていた。