名前のない香水

夜、部屋の電気を消して、
一花は天井を見上げていた。

昼間は、
なるべく考えないようにしていたことが、
暗くなると、少しずつ浮かび上がってくる。

花火大会。
夏休み。
桐谷くんの、少し視線を外した横顔。

(……行けたら、いいな)

そう思うだけで、
胸が、きゅっとする。

でも、すぐに現実が追いかけてくる。

次の検査。
数値。
医師の言葉。

調子が良ければ、問題ない。
でも、少しでも崩れたら、
外出は控えたほうがいい。

期待して、
だめだったときのことを考えるのが、怖かった。

一花は、静かに息を吸って、吐いた。

(……決めよう)

今度の検査で、
数値が安定していたら。

そのときは、
花火大会に行こう。

無理はしない。
背伸びもしない。

でも、
「行きたい」と思った気持ちを、
なかったことにもしない。

そう決めると、
胸の奥が、少しだけ落ち着いた。

暗い部屋の中で、
まだ見ぬ夏の光を、
一花は、そっと思い浮かべていた。