名前のない香水

勢いだった、と思う。

考えてから口にした言葉じゃなかった。

「花火大会がある」
「体調が大丈夫そうなら」

あんな言い方をしたのに、
胸の奥では、
行ってほしいと思っていたのも事実だった。

(……もし)

もし、あの日の誘いが、
一ノ瀬さんにとって
無理をする理由になってしまったら。

人混みで、
夜の暑さで、
苦しくなったら。

そのとき、
「行こう」なんて言ったのが俺だったら。

(……俺のせいだ)

そこまで考えて、
桐谷は、小さく息を吐く。

言葉にしなければ、
何も始まらなかった。

でも――
言ってしまったからこそ、
背負うものもある。

それでも——

「……考えてみる」

あの返事を、
どこかで、救いみたいに感じていた。

即答じゃなかったことに、
ほっとして。

断られなかったことに、
少しだけ、期待してしまった。

後悔と、安堵が、
胸の中で交互に顔を出す。

(……頼らせるって、どういうことなんだ)

守りたいわけじゃない。
代わりに決めたいわけでもない。

ただ、
一人で抱えなくていいってことを、
伝えたかっただけなのに。