名前のない香水

桐谷が、すぐに手を伸ばした。

「……大丈夫」

支えられるほどじゃない。
でも、触れられた手が、妙に安心する。

「ごめん」
「ちょっと、疲れただけ」

一花は、そう言って笑おうとする。

桐谷は、何も言わずに頷いた。

「……ここ、座れる」

倉庫の隅に積まれたマットを指さす。

一花は、言われるまま腰を下ろした。

「少し休めば、戻る」

それは独り言みたいで、
でも、確かに一花に向けた言葉だった。

近い距離。
静かな空間。

さっきまでの喧騒が、
遠い世界のことみたいに感じる。

「……文化祭、どうだった」

桐谷が、ぽつりと聞いた。

「楽しかった」

一花は、素直に答えた。

「疲れたけど……」
「楽しかった」

桐谷は、
少しだけ、安心したように息をついた。