名前のない香水

文化祭が、終わった。

さっきまでのざわめきが嘘みたいに、
校内は、少しずつ静かになっていく。

紙コップ。
看板。
使い終わった装飾。

「これ、体育館の倉庫に持っていける?」

夢に言われて、
一花は段ボールを抱え直した。

廊下を抜けて、
体育館の裏手へ。

倉庫の扉は重たく、
きしむ音を立てて開いた。

中は、ひんやりしている。

「ここ置いとけばいいよね」

そう言った、そのとき。

「……あ」

低い声が、奥から聞こえた。

振り向くと、
そこにいたのは——桐谷。

「俺も、片付け」

短くそう言って、
桐谷は荷物を置く。

その直後だった。

——ガチャ。

背後で扉が閉まり、
外から鍵の音がする。

「……閉められた?」

桐谷がすぐにノブを回す。

「……開かないな」

静かな倉庫に、
二人分の呼吸音だけが残る。

一気に静まり返った暗い空間が、
かつての病室の静寂を思い出させて、

胸の奥が、
じわりと重くなった。

「……一ノ瀬さん」

桐谷の声は低く、
でも、昼間より柔らかい。

不安を塗りつぶすように届いたのは、
あの甘い香りだった。

「大丈夫?」

「……うん」

そう答えたけれど、
本当は、少しだけ苦しい。

桐谷が一歩、距離を詰める。

近い。

熱を帯びたあの香りが、
今ははっきりと届いた。

「無理、してない?」

首を振ろうとして——

一花は、少しふらついた。