名前のない香水

廊下に出た瞬間、
空気が、少しだけ変わった。

クレープの甘い匂い。
焼きそばのソースが、鼻をくすぐる。
知らないクラスの、知らない出し物。

あちこちから、
「いらっしゃいませー!」
「今なら空いてます!」

声が重なって、
校内が、ひとつのお祭りみたいに騒がしい。

「どこから行く?」

夢が、楽しそうに首をかしげる。

「……どこでもいいよ」

そう答えながら、
一花は、無意識に辺りを見渡していた。

――桐谷くん。

お化け屋敷の前には、
長い列ができている。

暗い入口。
黒いカーテン。

中の様子は、見えないのに、
なぜか胸の奥が、少しだけざわついた。

(今、あの中にいるんだよね)

甘い匂いに混じって、
ふっと、知っている香りがした。

胸の奥が、わずかに揺れる。

(……桐谷くんの香り)

「ね、次あそこ行こ!」

夢に引っ張られて、
一花は、また人の波の中へ戻った。