名前のない香水

クラスの仕事が、ひと段落ついた。

「一花 おつかれ!」

夢が、ぱっと明るい声を上げる。

「受付、ちゃんと回ってたじゃん」
「今年の文化祭、いい感じじゃない?」

「……うん」

一花は、少しだけ大きめにうなずいた。

「思ってたより、平気だった」

自分に言い聞かせるみたいに、そう言う。

「でしょ?」
「じゃあさ、ほかのクラスも回ろ!」

夢に腕を引かれて、廊下に出る。

人の波。
笑い声。
知らないクラスのざわめき。

胸の奥が、きゅっとなる感覚はある。

(……やっぱり、人は多い)

でも、足は止まらなかった。

(今年は、違う)

いつもなら、
人混みの中にいるだけで、息が浅くなっていた。

でも今日は、
不思議と、ちゃんと立っていられる。

「大丈夫?」

夢が、ちらっとこちらを見る。

「うん、大丈夫」

今度は、はっきり答えた。

声も、笑顔も、
ちゃんと“元気な一花”のまま。

(……ほんとは、少しだけ不安だけど)

その気持ちは、胸の奥にしまっておく。

今日は、楽しみたい。

そう思える自分がいることが、
一花には、少し誇らしかった。