名前のない香水

暗い。

それが、まず最初に思ったことだった。

視界は狭くて、
足元もよく見えない。

布越しに聞こえてくるのは、
足音と、ひそひそ声。

――ちゃんと、できてるのか。

壁際に立ったまま、
桐谷は息を潜める。

驚かすタイミング。
声の出し方。
距離。

全部、頭の中で整理してきたはずなのに、
どこか集中しきれない。

(……一ノ瀬さん)

(受付、立ちっぱなしだったな)

ふいに、名前が浮かぶ。

受付。
人混み。
立ちっぱなし。

体調、大丈夫だろうか。
無理、してないか。

考えたところで、
何もできないのに。

「……っ」

足音が近づく。

桐谷は、思い切って一歩踏み出した。

「……うわ」

低く、抑えた声。