名前のない香水

確か、桐谷くんは
お化け屋敷の中担当だったはず。

――お化け役。

そう思った瞬間、
胸のざわつきに、理由をつけたくなった。

だから、
さっき感じたあの香りも、きっと気のせい。

人混みに混じって、
どこかから流れてきただけ。

そう、思うことにする。

「次の方どうぞー!」

隣で、クラスメイトが声を張る。

「二名様ですね。少しお待ちください」
「こちら整理券です」

気づけば、
受付の前には列ができていた。

思ったより、人が多い。

でも――
意外と、やれている。

誰かが後ろで机を支えてくれて、
誰かが案内を手伝ってくれる。

「一花、次いける?」
「うん、大丈夫」

短いやり取りが、
不思議と心を落ち着かせた。

人の流れ。
笑い声。
ざわめき。

その中で、一花は
自分がちゃんと立っていることに気づく。

――今年は、逃げてない。

理由は、わからない。

でも、
さっきより胸の奥は、少しだけ軽かった。