名前のない香水

放課後の廊下は、
昼間よりも、少し静かだった。

帰り支度をしていると、
後ろから、低い声がした。

「……一ノ瀬さん」

呼ばれた名前に、
肩が、わずかに跳ねる。

振り返ると、
桐谷くんが、少し距離を取って立っていた。

昼間みたいな勢いはない。
どこか、言葉を探しているような間。

「指、少しいいか」

そう言って、視線が一花の手元に落ちる。

「ガーゼ……変えたほうがいいと思って」

近づいた瞬間、
ふわりと甘い香りが届いた。

昼間より、落ち着いた甘さ。
でも、今日はそれに、
ほんの少し、緊張が混じっている気がする。

心臓が、音を立てる。

「……はい」

短く答えると、
桐谷くんは、小さく息を整えた。

距離は、さっきより近いのに、
触れない。

その曖昧さが、
一花を、妙に意識させた。