名前のない香水

文化祭の準備は、そのまま何事もなかったみたいに続いた。
机の上には、さっきと同じ色紙とペン。
ただ、一花の指には、白いガーゼが巻かれている。

「……大丈夫?」

隣で作業を再開しながら、夢が小さく声をかけた。

「うん。平気」

そう答えたものの、指先に残る感触が、少しだけ気になった。

「それにしてもさ」

夢が、手を動かしたまま続ける。

「桐谷って、別の場所で作業してたよね?」
「しかも、この前の体育のマラソンも助けてくれたし」

一花の手が、ほんの一瞬止まる。

「……え?」

「もしかしてさ、一花に好意あったりして?」

「えぇ!?」

思わず声が上がった。

「そ、そんなわけないよ。」
「たまたまだよ。」

そう言い切りながら、心臓だけが、少しうるさい。

――気のせいだよね。

まさか。
そんなはず、ない。

一花は視線を落とし、
もう一度、文化祭の準備に意識を戻した。