名前のない香水


「……大丈夫?」

「血、結構出てるよね」

教室のあちこちから、ひそひそと声が漏れる。
その視線の先にいるのは、一花だけじゃなかった。

一花の手を取ったままの、桐谷凰雅。

「桐谷くん……?」

女子たちが戸惑ったように彼を見る。

「え、怖い人じゃなかったけ?」

「無口なだけで、近寄っちゃダメなタイプだと
思ってた。」

ざわ、と空気が揺れる。

桐谷はそんな声に気づいていないみたいに、
一花の指先だけを見つめていた。

その距離で、ふわりと香りが届く。
甘い。でも、絵の具と紙の匂いに混じった、少しだけ違う香り。

不思議と、嫌じゃなかった。

「動かすな」

短く、低い声。

その一言で、周りの音が遠のく。

――違う。
この人は、怖いんじゃない。

ただ、必要なときに迷わないだけだ。

一花の胸の奥で、何かが静かに音を立てた。