名前のない香水

教室に入ると、
絵の具と紙の匂いが混じった空気が漂っていた。

文化祭の準備が、
静かに、でも確かに始まっていた。

机を寄せて、
それぞれの班が作業に取りかかっている。

一花の班は、装飾係。
色紙を切ったり、文字を書いたり、
ひたすら手を動かす作業だった。

桐谷くんは、別の班。
この教室にはいないはずだった。

カッターを握り、
線に沿って、紙を切る。

もう少し。
あと少しだけ。

――そのとき。

すっ、と
紙とは違う感触が、指先に伝わった。

一瞬、何が起きたのかわからない。

次の瞬間、
じん、と遅れて痛みが走る。

見下ろすと、
赤い色が、思ったよりはっきりと滲んでいた。

「あ……」

小さく息が漏れる。

その声に、
周囲の動きが、止まった。