名前のない香水

4限のチャイムが鳴るのと、ほぼ同時だった。

一花は教室の扉を開ける。

「お、一花。もう大丈夫か?」

担任の声に、
一花は小さく息を吸ってから答えた。

「はい。もう大丈夫です」

その言葉で、
教室が一瞬だけ静かになる。

その空気が、苦手だった。

心配も、善意も、
今の一花には重たい。

何も気にしていないふりをして、
一花は自分の席へ向かう。

その背中を、
桐谷は無意識に目で追っていた。

歩き方は、さっきより落ち着いているか。
ふらついていないか。

席に座るのを確認して、
桐谷はようやく視線をノートに戻した。

――戻ってきた。

それだけで、
胸の奥に、静かに安堵が広がっていた。