名前のない香水

保健室の扉が、控えめに開いた。

「……いちか?」

聞き慣れた声に、
一花は、ゆっくりそちらを見る。

「夢……」

夢は、ベッドの横まで来て、
一花の顔を一度だけ確認する。

「顔、白いじゃん」
「走りすぎた?」

責めるでもなく、
でも、ちゃんと心配してる声。

「ちょっと、ね」

一花が曖昧に答えると、
夢はそれ以上、深く聞かなかった。

「そっか」
「とりあえず、横になっときな」

そう言って、
椅子を引き寄せて、腰を下ろす。

その様子を、
少し離れたところで桐谷くんが見ていた。

夢が、ふと桐谷くんの方を見る。

「あ、ありがとう」
「ここ、あたしがいるから」

軽いけど、
ちゃんと「大丈夫」の意味を含んだ声。

「……うん」

桐谷くんは短くうなずく。

帰り際、
桐谷くんは一花の方を見る。

目は合わない。
でも、確かにそこに気配はあった。

何かある。
でも、それを聞く立場じゃない。

桐谷くんはそれだけを胸に残して、
静かに保健室を出た。