名前のない香水

足が、重い。

最初は、みんなについていこうと思っていた。
遅れないように、置いていかれないように。

でも、一周目の途中から、
下腹部の鈍い痛みがはっきりしてくる。

――やっぱり、来てる。

呼吸を整えようとするたび、
別のところが痛くなって、
どこに意識を向けたらいいのか分からなくなる。

視界の端で、影が近づいた。

男子だ。
速い。

追い抜かれる、そう思った瞬間――

「……無理すんなよ」

風の音に溶けるみたいに、
低い声が、耳の奥に残った。

え……?

足は止められない。
顔も上げられない。

でも、その声だけが、
胸の奥に引っかかる。

今の、誰……?

桐谷くん、だった気がする。
でも、確信はない。

呼吸が苦しくて、
ただの空耳かもしれない。

そう思おうとするのに、
胸の奥が、じん、と熱くなる。

気にしない。
走るだけ。

そう言い聞かせて前を向く。

なのに、
足取りは軽くならないのに、
心だけが、少しだけ騒がしくなっていた。