名前のない香水

前方を走る一花の背中が、すぐそこまで近づいた。

呼吸が浅い。
肩が、わずかに上下している。

追いついた瞬間、
桐谷は一瞬だけ横を見る。

顔色を確かめるほどの余裕もない。
足を止める理由もない。

それでも――

「……無理すんなよ」

風に紛れて、ほとんど聞こえない声。
それだけ言って、桐谷は前へ出た。

追い抜く。
振り返らない。

記録のため――
そう自分に言い訳をしながら。

けれど、心臓の鼓動だけは、
いつもより少し早かった。