名前のない香水

女子が先にスタートして、三分後に男子が走る。

そのはずなのに、前方にはもう一ノ瀬さんの
背中が見えていた。

最初は、ただの偶然だと思った。
走る順番の関係で、視界に入っただけだと。

けれど、距離を詰めるたびに気づく。
腕の振りが小さい。
歩幅が、少しずつ縮んでいる。

――遅くなってる。

桐谷の胸が、ざわりとする。
心配と、迷いが同時に押し寄せた。

(このまま走れば、ベストタイムを更新できる)
(でも……)

頭の中で、いくつもの想定が交差する。
倒れたら?
無理していたら?
誰かが気づかなかったら?

答えは、意外なほど早く出た。

桐谷は、さらにスピードを上げた。
早く走って、迎えに行くために。