名前のない香水

スタートの笛が鳴り、走り出す。

足が前に出るたび、下腹部の重さが増す。
心拍と呼吸が少し荒くなる。

――やっぱり、やばいかもしれない。

周りには、同じペースで走るクラスメイトたち。

前を走る夢の背中が、
やけに遠く感じる。

――ここで止まったら、
きっと、迷惑をかける。

弱いところを見せたくなくて、
一花は、足を止められなかった。

頭の片隅で、
なぜか桐谷くんの姿がよぎる。

まだスタートもしていないはずなのに、
静かに前を見て走る姿が、
勝手に浮かんできた。

――大丈夫か。
言われるはずもないのに、
胸の奥で、そんな声を想像してしまう。

下腹部がじん、と痛む。
息を整えながら、どうしようかと迷う。

保健室に行く勇気はまだ出ない。

でも、体が「もう限界かも」と訴えている……。
――大丈夫かな。