名前のない香水

山の麓、どこまでも続く桃色の景色の中で、
俺たちは並んで歩き出す。

繋いだ手は、もう離れなかった。

あの日、
触れた瞬間に感じた冷たさも。

言葉にできなかった距離も。

すれ違ったまま、
止まっていた時間も。

全部――

ここに繋がっていた。

隣を歩く一花の体温が、
今は、確かに俺と同じ温度でそこにある。

それだけで、
もう何もいらないと思えた。

風が吹く。

揺れるチューリップの中で、
ふと、甘い香りが鼻先を掠める。

あの日と同じ、
名前をつけられなかった感情が、
静かに胸の奥で息をする。

俺たちが今、どういう関係なのか。

これから、どんな未来が待っているのか。

そんなことは、
まだわからなくていい。

もしかしたら、

一生、名前なんてつけないままでもいい。

言葉にした瞬間に、
零れてしまいそうなこの想いを、

ただ、大切に抱えながら。

――あの日、
言葉にできなかった想いも。

――あの日、
花に託された祈りも。

全部、ちゃんと届いていたから。

見上げた空は、
あの日と変わらず、どこまでも青く澄んでいる。

俺の隣で微笑む彼女も、

あの日の香りを纏ったまま――

変わらないまま、
そこにいた。