名前のない香水

掌に残った冷たさ。

それと対照的に――

鼻先を掠めたのは、
甘くて優しい、あいつの存在そのものみたいな香りだった。

無愛想で、言葉の足りない俺に、
彼女は何も言わなかった。

――いや。

言えなかったのかもしれない。

それでも。

触れた一瞬の体温が、
どんな言葉よりも、確かに心を揺らした。

学校では誰とも話さず、
独りでいるのが当たり前だった俺の日常に、

彼女は――

「温度」を持ち込んできた。

あいつは、
気づいていないふりをしていたけど。

俺は――

気づいてしまった。

あの日から。

俺の視線は、
俺の心は、

ずっと、
彼女の体温を追いかけていたことに。

風が吹く。

山の麓に咲き誇るチューリップが揺れる。

あの日の香りが、
今、現実になって――
――見つけた。

確信が、胸の奥で静かに灯る。

俺は、
その背中に向かって歩き出した。