名前のない香水

一花がいなくなっても、

世界は何事もなかったかのように、回り続けていた。

彼女が座っていた窓際の席は、

ただ、そのまま残っている。

使われることのない机と椅子だけが、

そこにあるはずの温度を、失ったまま。

放課後の教室には、

相変わらず笑い声が響いている。

でも、

そこに彼女の声だけが、なかった。

季節は無情に巡り、

校庭の木々は色を変え、

やがて——

俺たちは、卒業式を迎えた。

夢や仲間たちが、泣き笑い、

未来を語り合う中で。

俺の心だけは、

あの日、

1117号室の前の廊下に置き去りにされたままだ。

卒業証書を手に、

誰もいない教室を、最後に見渡す。

結局、

制服姿の彼女と並んで歩くことは、叶わなかった。

「……卒業、したぞ」

小さな独り言は、

春一番の風にかき消された。

街の景色が変わり、

同級生たちがそれぞれの場所へ羽ばたいていく中で。

俺だけが、ずっと——

あの一通のメールを握りしめたまま、

変わらない毎日を繰り返していた。

変わらないことは、

時に停滞のように思える。

でも——

俺にとっては、

彼女との約束を繋ぎ止めるための、

唯一の戦いだった。