名前のない香水

一花が処置室へ運ばれてから、数時間。

嵐が去った後のような静寂の中で、
凰雅は夢と向き合っていた。

「……桐谷くん、少し落ち着いた?」

夢の声に、
凰雅は力なく頷くのが精一杯だった。

さっきまで目の前で起きていた光景が、信じられない。

胃の底が冷え切り、
指先の震えが止まらなかった。

「一花、一命は取り留めたって。でも……」

一拍。

「もっと設備の整った、遠くの病院に転院することになった。」

夢の言葉が、
追い打ちをかけるように胸に刺さる。

「しばらくは、誰とも面会できないって。……あなたにも、私にも」

少しだけ、声が揺れる。

「お別れを言う時間は、なさそう」

想像もしなかった展開に、
凰雅は唇を噛みしめた。

会いたいと、
願って戻ってきたのに。

神様は、

どこまで二人に試練を与えるのか。

「……そんなの、あんまりだろ」

掠れた声が、
無機質な廊下に虚しく響いた。