名前のない香水

病院のロビーに滑り込み、エレベーターのボタンを何度も叩く。

(少しは顔色、良くなったのかな)

想像するのは、

少し痩せてしまったけれど、それでも柔らかく微笑む一花の顔だ。

どんな顔をして「戻ってきたよ」と言おうか。

彼女の「無理」を、

何も言わずにただ受け止められるような、

そんな自分でありたい。

11階。

チーン、と間の抜けた音が響き、扉が開く。

凰雅は、

光の差す廊下へ向かって、

弾むように一歩を踏み出した。

「一花……」

その名を、

最後まで呼ぶことは、できなかった。

視界の先。

1117号室の前。

さっきまでの静寂は消え、

数人の医師と看護師が、慌ただしく部屋へ飛び込んでいくのが見えた。

鋭く、

冷徹な機械のアラーム音が、

平和だった想像を、無惨に引き裂いた。