名前のない香水

窓辺に飾られた、淡い桃色とやわらかな黄色のチューリップが、午後の柔らかな光を透かしている。

一花は少しだけ背筋を伸ばし、スマホを耳に当てた。

コールの音。

三回目で、聞き慣れた低い声が響いた。

『……一花? 体調、どうだ?』

少し焦ったような、それでいて深い安らぎをくれる、桐谷くんの声。

一花は、二色のチューリップの蕾をそっと指先でなぞりながら、わざと明るい声を出す。

「うん、さっきよりずっと良くなったよ。……ねえ、桐谷くん。さっきね、お見舞いの花が届いたの」

受話口の向こうで、彼が息を呑む気配がした。

「淡い桃色と、少しだけ明るい黄色のチューリップ。すっごく綺麗で、まだちょっとだけ、冷たいの」

確信犯的な一花の言葉に、桐谷くんは言葉を詰まらせている。

病院の廊下で、彼がどんな顔をしてこの花を預けたのか。

それを想像するだけで、胸の奥がくすぐったい。

『……そっか。良かったな』

「……うん。誰からかは書いてなかったんだけど。……でも、私、わかっちゃった」

一花は窓の外、彼が歩いていったであろう景色を見つめながら、いたずらっぽく、けれど慈しむように続けた。

「“春”を運んできてくれたのは、誰なのか。……ちゃんと、届いたよ」

小さな声で、

「……ありがとう」