名前のない香水

一花からの返信を、夜が明けるまで何度も読み返した。

——『それでも良ければ、会いたいな。待ってるね。』

その言葉が胸の奥で熱く燻(くすぶ)って、一睡もできなかった。

一花の「好き」を思い出して、
気づけば、スマホを握っていた。

画面に並んだ言葉が、
頭から離れない。

ピンクのチューリップは、『誠実な愛』。

黄色のチューリップは――
『望みのない恋』。

自分の今の状況に、
嫌になるほど重なった。

でも。

その二つを、合わせて22本にすると。

意味が、変わる。

『あなたの幸運を祈ります』。

恋だとか、好きだとか。

そんな言葉よりも。

今のあいつに届けたいのは、
それだけだった。

翌朝。

気づけば、花屋の前に立っていた。

「……ピンクと黄色、11本ずつ。合わせて22本で、包んでください」

店員に渡された花束は、驚くほど鮮やかだった。

この場所に似合わないくらい、
やわらかい色をしている。

病院の長い廊下。
漂う消毒液の匂いの中、自分の足音だけが静かに響く。

突き当たりの角を曲がると、目的の病室が見えた。

白いドアの横に掲げられた、一花の名字。

桐谷は一度立ち止まり、深く、長く呼吸を整えた。

ノックをしようと、手を上げた、

その時。

ポケットの中でスマホが震えた。

表示されたのは、目の前のドアの向こうにいるはずの、彼女の名前。

慌てて通話ボタンをスライドさせる。

「……一花?」

『……桐谷くん、ごめんなさい……っ』

受話口から聞こえてきたのは、今にも泣き出しそうな、弱々しく震える声だった。