名前のない香水

スマホの画面を見つめたまま、一花の時間は止まった。

――『お見舞い、行っていいかな』

視界に入ったその文字が、心臓を直接掴んだみたいに激しく跳ねる。

ドクン、と耳元で鳴った音が、病室の静寂を塗り替えていく。

「……っ」

慌てて口元を両手で覆った。

驚きと、戸惑い。

最後に会った時の、あの気まずい沈黙が脳裏をよぎる。

でも、それらを全部追い越して、胸の奥から熱い塊がせり上がってきた。

嬉しい。

送った写真に映り込んだ自分の小さな指先を、桐谷くんがちゃんと見てくれていたこと。

そして何より、桐谷くんが「会いに来る」と言ってくれたこと。

膝に顔を埋めたまま、一花は何度も深呼吸をした。

鏡を見なくてもわかる。

今の私は、きっと顔色が悪い。

髪も少しパサついていて、あの頃みたいに、彼をドキッとさせるような可愛さなんて、どこにもない。

でも――。

今の私を、全部見てほしい。

震える指で、ゆっくりと文字を綴る。

『今の私は、ちょっと顔色が悪いかもしれないけど……。』

一度指が止まる。

けれど、消さずに続けた。

『それでも良ければ、会いたいな。待ってるね。』

送信ボタンを押した瞬間、一花はスマホを胸元に抱きしめた。

心臓が、さっきよりもずっと力強く、生きていくリズムを刻んでいる。