名前のない香水

通知が鳴った。

画面を見る。

「病室からも見えるよ、、、」

その一文を、何度も読む。

いつもは、俺が送る側だった。

空の写真も、
どうでもいい一言も。

返事が来るとは、思っていなかった。

まして、

“病室から”なんて。

胸の奥が、少しだけざわつく。

何て返せばいい。

「そうなんだ」

違う。

「早く退院できるといいね」

それも、違う。

軽すぎる気がする。

でも、重くもしたくない。

キーボードを開く。

閉じる。

開く。

消す。
カーソルだけが、点滅している。

打ちかけた言葉が、
画面の上で何度も消えていく。

――送れない。

既読だけが、先についた。
時間だけが過ぎていく。

一花は、今どんな顔をしているんだろう。

白い天井を見上げているのか。

それとも、スマホを握ったまま、
返ってこない返事を待っているのか。

語尾に揺れていた、三つの点。

ただの癖じゃない気がした。

無理に明るくして、
少しだけ、滲んだ。

想像すると、胸の奥が、きしむ。

何も考えずに送っていた空の写真が、
急に、重くなる。

ただの空じゃない。

俺と彼女をつなぐ、
たった一つの窓。

「……待ってろ」

今度は、逃げない。

誰もいない部屋で、呟く。

返事じゃなく、
決意みたいな言葉だった。

画面を打とうとした指先が、
わずかに震える。
それでも、送信ボタンは押せなかった。