名前のない香水

入院して三週間が過ぎた。

最初の頃は、毎日が長かった。

でも今は、
静かな時間に慣れ始めている。
朝六時。

規則正しく開くカーテン。

決まった時間の検温。

決まった時間の薬。

窓の外では、
季節が少しだけ進んでいる。

私は、その変化を
ガラス越しに見るだけだ。


スマホが、静かに震えた。

画面に浮かぶ名前。

——桐谷くん。

息が、少しだけ止まる。

開くのが、怖い。

でも、指はもう動いていた。

今日の雲、クマっぽくない?
なんか思わず撮った。

青い空。

白い雲。

確かに、丸い耳みたいなのがついていて、
少しだけクマに見える。

思わず、笑ってしまった。

胸の奥に溜まっていた何かが、
ほんの少しだけ、ほどける。

消毒液の匂いの中で、
空の写真だけが、やけに自由だった。