名前のない香水

「検査……だったのか?」

なるべく軽く聞いたつもりだった。
けれど声が少しだけ硬い。

一花は一瞬だけ目を伏せて、それから笑った。

「うん。大したことないよ。ただの定期」

“ただの”なんて、さっき聞いた話と全然違う。

「……そっか」

それだけしか、言えなかった。

それ以上、踏み込めなかった。

踏み込めば、
母親との約束を破ることになる。

踏み込まなければ、
何も知らないふりをすることになる。

「桐谷くん、今日どうしたの?」
「……親戚がさ。入院してて。見舞い」

ほんの少しだけ、本当っぽく言った。

完全な嘘より、罪悪感が薄れる気がした。

一花は目を丸くする。

「え、そうなんだ。大丈夫なの?」

「まあ、たいしたことない」

——自分のほうが、よっぽどたいしたことを隠してる。

一花は安心したように笑う。

「そっか。よかった」

その“よかった”が、
胸の奥を静かに締めつけた。