名前のない香水

一花は、窓越しに桐谷を見つめた。

制服姿。
少し俯いて歩いている。

あの日と同じ顔。

胸が、ぎゅっと痛む。

会いたい。

でも。

今の私じゃ、
ちゃんと笑えない。

ちゃんと立って、
ちゃんと話せない。

「……ううん。いい」

小さく首を振る。

お母さんは少し驚いた顔をするけど、
何も言わずにウインカーを出す。

車が、ゆっくり桐谷の横を通り過ぎる。

その瞬間。

桐谷が、ふと顔を上げた。

目が、合った。

一瞬。

本当に、一瞬だけ。

時間が止まる。

桐谷の目が見開く。

一花は、咄嗟に視線を逸らした。

ごめん。

会いたいのに。

今は、まだ。

車が遠ざかる。

バックミラーの中で、
桐谷が振り返っているのが見えた。

涙が、滲む。

どうして、
こんなに好きなのに。

言えない。

触れられない。

これが、

私の“声のない時間”。