名前のない香水



声が、思ったより小さかった。

「体調、よくないって」

嘘じゃない。

でも、本当の理由は違う。

沈黙。

廊下の向こうで、
お母さんが少しだけ戸惑う気配。

「……そう。分かったわ」

玄関の方で、
お母さんが静かに伝える声がする。

「今日は少し体調が優れないみたいで」

間。

短い、けれど長い沈黙。

「……そっか」

低い声。

それだけ。

責めない。

問い詰めない。

でも。

わずかな落胆が、滲んでいる。

ドアが閉まる音。

足音が遠ざかる。

その気配だけで、
胸がぎゅっと締めつけられる。

——傷つけた。

ベッドに沈み込む。

会いたくなかったわけじゃない。

むしろ逆。

会いたすぎて、
今の自分を見せたくなかった。

「ごめん……」