名前のない香水

スマホの画面を開く。

桐谷くんからのメッセージ。

「今日はどう?」

その一行を読むだけで、
胸がいっぱいになる。

返したい。

返さなきゃ。

でも、
指が動かない。

言葉を考える体力が、
もう残っていない。

既読はつく。

それだけで、
画面を伏せる。

——ごめんね。

声に出せないまま、
時間だけが過ぎていく。

桐谷くんは、
きっと待っている。

そのまま、
画面を見つめたままの時間が、
少しだけ苦しかった。

でも今の私は、
読むのが精一杯。

そのまま、
いつの間にか眠っていた。

そして——

夢を見た。

ぼんやりとした夜の中で、
私は桐谷くんに言う。

「うち、ここだよ」

住所を伝える自分。

目が覚めたとき、
胸がざわついた。

まさか、ね。

ピンポーン。

昼下がりのインターホン。

モニターに映ったのは、
見慣れた黒髪。

息が止まる。

「……桐谷くん?」

来るはずのない人が、
そこにいた。