名前のない香水

夢と別れて、
一花は一人で更衣室の外に出た。

廊下の空気が、やけに冷たく感じる。

少し胸が痛いだけ。
いつものこと。
そう思って、深く息を吸おうとした、そのとき――

――吸えない。

「……っ」

喉の奥が詰まったみたいに、空気が入ってこない。

息を吸おうとするほど、苦しい。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。

だめ、落ち着いて。
大丈夫。

壁に手をついて、必死に呼吸を整えようとする。

そのとき。

廊下の向こうに、人影が見えた。

――桐谷くん。

視線が合いそうになって、
慌てて顔を伏せる。

見られたらだめ。
心配されたくない。
知られたくない。

私は小さく息を吐いて、
自分に言い聞かせる。

ゆっくり。
吸って、吐いて。

大丈夫。
すぐ、治まるから。

胸の痛みを押し殺しながら、
一花は必死に平静を装った。