名前のない香水

桐谷くんの家は、
静かだった。

でも、
その静けさは、
どこかあたたかい。

妹さんと他愛のない話をしているうちに、
さっきまでの身体の重さが、
嘘みたいにやわらいでいく。

「顔色、さっきよりいいよ」

妹さんがそう言って笑う。

本当に、不思議だった。

この家にいるだけで、
呼吸が深くなる。

ガチャ、と玄関の音。

「ただいまー」

明るい声と一緒に、
お母さんが帰ってきた。

「あら、お客さん?」

柔らかい目元が桐谷くんに似ている。

「友達」

ぶっきらぼうに言うけれど、
声はどこか優しい。

事情を話すと、
「それなら、夕飯食べていきなさい」
と自然に言ってくれた。

遠慮する間もなく、
「ご実家にも連絡しておくわね」と、
一花の母に丁寧に電話までしてくれる。

そのやり取りを聞いているだけで、
胸の奥の緊張が、
ゆっくりほどけていく。