名前のない香水

妹が
「あ、そういう感じ?」

「は?」

桐谷くんの声が一瞬だけ低くなる。

でも怒ってない。

むしろ、ちょっと焦ってる。

「違うからな」

「ふーん?」

妹さんはわざとらしくうなずいてから、

「とりあえず中入って。寒いでしょ?」

と、優しく言った。

その声に、
さっき玄関で感じたあたたかさが、重なる。

リビングに通されると、
ふわっと紅茶のいい香りが広がる。

「今、お茶いれるね」

そう言ってキッチンに向かう妹さんの背中が、
どこか楽しそう。

桐谷くんは小さくため息をつく。

「気にすんな」

そう言いながらも、
耳がほんのり赤い。

——やっぱり。

さっきより、赤いかもしれない。

私は思わず、また少しだけ笑ってしまう。

「なに」

「ううん」

誰かの家のリビングで。

隣には、桐谷くんがいて。
キッチンでは、妹さんがお茶を淹れている。

——そんな時間が、
自分にあるなんて思わなかった。

胸の奥が、
じんわりとあたたかくなる。

キッチンから妹さんの声。

「お兄ちゃん、砂糖いるー?」

「いらない」

「そっちの“お姉さん”は?」

一瞬、時間が止まる。

“お姉さん”。

その呼び方に、心臓が跳ねた。

桐谷くんがちらっと私を見る。

その視線が、
さっきよりも近い。