名前のない香水

ガチャ、と玄関のドアが開いた。

ふわり、と。

やわらかい香りが、流れてきた。

「お兄ちゃーん?」

柔らかい声。

振り向くと、
玄関から小柄な女の子が顔を出していた。

「あ、帰ってたんだ」

桐谷くんの声が、
さっきより少しだけ柔らかくなる。

その変化に、私は気づく。

「その人、もしかして……?」

妹さんは、私を見るとぱっと表情を明るくした。

「こんばんは」

にこっと笑う。

ああ。

この家の空気だ。

優しくて、あたたかくて、
どこか安心する。

桐谷くんが不器用でも、
きっとちゃんと笑える場所がある。

ちゃんと名前を呼んでくれる人がいる。

「お兄ちゃん、顔ちょっと優しい」

「は?」

「いつもより」

からかうみたいに言って、
妹さんはまた笑う。

桐谷くんは少しだけ照れたみたいに視線を逸らす。

——耳、ほんのり赤い。

さっきとは違う理由かもしれない。

でも。

その横顔が、
前よりずっと近く感じた。