神に選ばれなかった者達 前編

中学校に通い始めて、3年目になるけれど。

未だに、クラスメイトと金銭感覚が合わない。

クラスメイト達の浪費家ぶりを初めて見た時には、驚いたものだ。

小学校の時でも、やたらとペンケースを買い替えたり、新しい髪飾りをつけてきたり。

香りのする消しゴムとか、チャラチャラした飾りの付いた鉛筆とか。

そういった華美な文房具を、右から左に買って。

私に言わせれば、無駄な機能。

ペンケースなんて文房具が入れば何だって良いし、消しゴムなんて消せれば良い。

鉛筆だって、いつもギリギリまで使っていた。

鉛筆削りで削るのが難しい短さになっても、自分でカッターで削って、最後の最後まで使う。

文房具のデザインなんて二の次。とにかく安いものが一番。シンプルイズベスト。

ダサいと思われようと、貧乏臭いと思われようと、文房具としての役割をちゃんと果たすことが出来るなら問題なし。

実際私は貧乏なんだから。貧乏臭いと思われたって構わない。

これまで何度も、「どうしてのぞみは、いつもそんな地味なものばかり持ってるの?」と聞かれたことがある。

余計なお世話、と言いたいところだけど。

角が立たないよう、そういう時は「シンプルなのが好きなの」と答えるようにしている。

嘘じゃないしね。

周りの子が持っているものを、羨ましいとも思わない。

ダサくても地味でも、お兄ちゃんが私の為に、苦労して用意してくれたものだと思うと。

とてもじゃないけど、他のものが良いなんて言えるはずがないし、言わない。

ただ、金銭的な余裕があるのは単純に羨ましいけど。

無い物ねだりしたって仕方がないから、身の丈に合わないものは欲しがらない。

しかしクラスメイト達は、私のそんな事情なんて知らない。

彼らは気軽にお金を使う。少なくとも、私にはそう見える。

購買でパンを二つも三つも買って、自販機でジュースまで買って。

それだけでも、私にとってはとんでもない贅沢。

なのに、「これ美味しくない」とか、「思ってた味と違った」とか言って、平然と食べ残し、捨ててしまう。

最初にそれを見た時、信じられなくて目を丸くしたものだ。

食べかけでも良いから、その食べ残しを私に頂戴、と思ったくらいだ。
 
さすがに学校でゴミ漁りは不味いだろうと思って、何とか自制したけれど。

私にとって、いや、スラム街で生まれ育ったすべての子供達にとって、食べ物を得るというのはとても大変なこと。

味なんてそっちのけで、食べられるものなら何でも食べる。それが当たり前だった。

お弁当を持参している子だって、「今日は食欲がない」とか、「気分じゃない」とか言って、折角のお弁当を残したり、捨てたり。

そういう子がいると、ついつい物申したくなってしまう。

食欲がないのは百歩譲って仕方がないとはいえ、気分じゃないからと捨てるのは如何なものか。

その食べ残しが、幼い頃私の目の前にあったら。

きっと大御馳走だと思って、お兄ちゃんと一緒に手掴みで食べただろうに。