神に選ばれなかった者達 前編

これまでの、連日の痛みに比べれば。

ガラスで手を切ったくらいの傷は、まるで気にならなかった。

それ以上に、校舎裏のゴミステーションに向かうことしか考えられなかった。

どうやらゾンビが彷徨いているのは、校舎内だけだったようで。

校舎から一歩出ると、そこは何事もなかったように平和な空間だった。

…全然知らなかった。

こんなことなら、もっと早くに外に脱出する方法を考えていれば…。

…なんて、今更後悔しても仕方なかった。

そして、ついに。

ゴミステーションに向かう為に、校舎裏に回り込もうとした、その時。

「っ、誰だ!?」

「えっ…!?」

視界いっぱいに、何か白いものが映ったかと思うと。

鋭いガラスの破片が、目前に迫ってきた。

斬られる、と思って固まってしまった。

しかし、ガラスの破片が俺に突き刺されることはなかった。

「えっ…あれ?あんた…ゾンビ、じゃない?」

「あ、あぁ…?」

「…」

お互いに、お互いの姿が信じられないみたいな顔で。

間抜けにも、ポカンとして数秒見つめ合った。

俺の目の前にいたのは、ゾンビではなかった。

普通の人間だった。

腐臭もしない。粘液混じりの足音もしない。

…信じられない気持ちで、俺はまじまじと目の前の人間を見つめてしまった。

この夢を見るようになってからというもの、俺がこの世界で見る生き物と言えば、あのゾンビしかいなかった。

他の生き物が…ましてや、普通の人間が存在してるなんて。

何十年ぶりに出会うような気分だった。

ゾンビではないのだ。俺の前にいるのは。

その人間の背中に、真っ白な羽根が生えていることなんて、些末なことである。

…え?羽根?

人間に…羽根が生えてるとは。

その姿は、まるで…。

「…もしかして、お前が…天使ちゃん、なのか?」

「…!あんたもしかして、今日『処刑場』に入ってきた…きょうや、って新入りか?」

やっぱり。

お互いにお互いの正体が分かって、妙に納得してしまった。

そうか…。あの『処刑場』に書かれていたことは…嘘じゃなかったんだ。幻なんかじゃなかったんだ…。

俺は本当に…この絶望的な夢の世界で、ようやく言葉の通じる相手と出会うことが出来たのだ。

そう思った瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。

「お、おい、大丈夫か?」

天使ちゃんという青年が、倒れる俺を支えた。

あぁ…つい、身体から力が抜けて…。

「…済まない…。でも、俺は…」

「…気持ちは分かるよ。あんたも大変な思いをしたんだろうな」

天使ちゃんは、俺が左手に握っている錐を見つめていた。

ゾンビの粘液がべったりと付着した、俺の武器を。

「よく校舎を脱出してきた。向こうに皆が集まってるんだ。一緒に行こう」

「…みんな…?」

「『処刑場』の仲間達だよ。皆にも紹介したい。立てるか?」

「…あぁ…」

まだ脱力してはいられない。

俺は天使ちゃんに支えられるようにして、校舎裏のゴミステーションを目指した。