神に選ばれなかった者達 前編

その日の夜。

またしても…夢の中にやって来た。

これまでとまったく変わらない。

違うのは、俺が今、武器を手にしていることだ。

俺は、左手に握っていた錐を見つめた。

…いや、これまでもずっと、これを持っていることは分かっていた。

でも、これを使うことは一度も考えなかった。

あくまで俺にとってこれは、ただの錐だった。工具だった。

何でこんなものを持っているのか、さっぱり分からなかったが。

『処刑場』にいた、もちもちもねという人物に言われて。

ただの工具は、今となっては武器になった。

…武器。これが。

こんな貧弱な道具が、俺の武器。

戦えるのだろうか。本当に、俺が。

俺はこれまで逃げるばかりで、逃げ続けることしか考えていなくて。

戦うことなんて、まったく考えていなかった。

俺は当然戦闘の訓練なんか受けていないし、それどころか、男友達とチャンバラごっこさえしたことがない。

幼い頃から、勉強しかしてこなかった、典型的なモヤシっ子だった。

足だけは速いけど、別に運動神経が特に良い訳ではなく。

テレビゲームだって買い与えてもらったことがないから、誰かと戦うなんて、ゲームでさえ未経験だ。

果たしてそんな俺に、本当に戦うことが出来るんだろうか。

自信なんてない。

でも、やらなければならない。

もちもちもねさんは、恐らく、俺に唯一の可能性をくれたのだ。

戦えと。

これ以上苦しみたくないのなら。これ以上死にたくないのないのなら。

痛い思いをしたくないなら、戦うしかないのだと。

だけど…俺に、そんなことが…。

…しかし、長々と考えている暇はなかった。

「…っ!!」

「グァォォァァァ」

この残酷な現実は、俺を待ってはくれない。

いつものように。これまでとまったく同じように。

ゾンビが扉を殴り壊して、教室に乱入してきた。

戦うと決めたのなら、やらなければならない。

俺は、左手の錐を構えた。

だが、その手は震えていた。

刺すんだ。これを。

『処刑場』に、ゾンビは頭が弱点だというメッセージがあった。

頭を狙って、錐を突き刺して…。

「ギァァァォォォ」

奇声をあげて、ゾンビが飛びかかってきた。

刺そうとした。頭を狙って。

…でも。

「くっ…!」

出来なかった。

臆病な俺の左手は、錐を突き刺す直前で止まってしまった。

ほんの僅かな躊躇いと、刃物を他人に向ける罪悪感が、俺の決心を鈍らせた。

そして。

攻撃を免れたゾンビは、錐を向ける俺の左手に、バクッと噛み付いた。

握っていた錐が、床に落ちた。

千切られた手首を、ゾンビはくちゃくちゃと食べていた。

「あぁぁ…。ぐっ…」

千切られた手首の断面から、噴水のように血が溢れた。

また駄目だった。また…。

俺が臆病なせいで。俺の決心が鈍ったせいで…。

また食べられる。また…地獄のような苦しみを味わって。

何度も。何度も…。