神に選ばれなかった者達 前編

その時のふぁには、もうめちゃくちゃだった。

洗濯機で回されたらこんな気分なのかな、って感じ。

恐らく、半魚人は凄まじい痛みを感じているのだろう。

周囲に身体をゴツンゴツンぶつけながら、文字通りのたうち回っている。

そんな半魚人の口の中にいるふぁには、そりゃもう必死だった。

吹っ飛ばされないように、強く突き立てた瓦礫の破片にしがみついていた。

半魚人の口の中は、めっちゃくちゃになっていた。

ふぁにの身体から流れ出る血、半魚人の口から流れ出る血、それから半魚人の唾と唾液と、逆流した胃液。

ありとあらゆるきったない液体にまみれ、その激臭と、魚特有の生臭さが混じり合って。

多分今この瞬間、この半魚人の口の中は。

某世界一臭い缶詰よりも、遥かに凄まじい激臭だったと思う。

平時だったら、ふぁにはあまりの臭さに嘔吐していただろう。

だが、今のふぁにはそれどころじゃなかった。

半魚人だって痛みにのたうち回っているんだろうが、瀕死の重傷を負っているのはふぁにだって同じなのだ。

背中に、深々と半魚人の牙が突き刺さったままなんだから。

このままじゃ、ふぁにも遠からず出血多量で死んでしまう。

ならば、今ふぁにに出来ることは。

死ぬまでの僅かな時間の間に、弱者のふぁにが出来ることは。

せめて、この憎らしい半魚人を、地獄の一丁目に道連れにしてやることだった。

「ぐっ…、う、ぅ…!」

自分でも、何でこんな底力が残っていたのか分からない。

これが、火事場の馬鹿力という奴なのだろうか。

…ここ、海の底だけど。

ふぁには渾身の力を込めて、瓦礫の破片を強く、強く、半魚人の口に突き刺してやった。

ぐちゃ、ぐちゃ、と嫌な音を立てて、深々と突き刺さっていく。

その度に、半魚人の口蓋から、生臭い血が迸り。

その血がふぁにの顔や手にかかって、もうめちゃくちゃだった。

でも、瓦礫の破片を突き刺す手だけは、絶対に止めなかった。

仮に胃の中に飲み込まれたとしても、今度は胃を突き破ってやる。くらいの気持ちでいた。

ただでやられてなるものか、というクソ度胸が、ふぁにを突き動かしていた。

…そして、ついに。

尖った瓦礫の破片が、半魚人の口の中かは頭にかけて貫通した。

バリッ、という肉が裂ける音が、妙にはっきりと聞こえた。

真っ暗闇だった口の中から、外の景色が見えた。

その時になってようやく、ふぁには半魚人の口の中から、再び海の底に放り出された。