神に選ばれなかった者達 前編

前回の学校と違って、この病院には逃げ場が少なかった。

何せ、大抵の部屋には南京錠の鍵がかかっているのだから。

私達が逃げ、辿り着いたのは。

私が最初に逃げ込んだ、鍵のかかっていない、シーツに血痕のついたベッドが置いてある、無人の病室だった。

果たして、逃げ延びたと言えるのだろうか。

残念なことに、先程逃げてきた分娩室からこの病室までは、ほぼ一本道だ。

多分、遠からず見つかってしまうだろう。

でも、時間稼ぎになれば良い。

だって…もう、夜明けが近いはずだ。

朝になって目が覚めれば、この窮地からは抜け出せるはず…。

私は、急いで病室に駆け込み、その扉を閉めた。

あぁ、くそ。何でこの病室には、内鍵がついてないの。

せめて、何か…。そうだ、ベッドを扉に押し付ければ、少しでも時間稼ぎになるかもしれない。

それから、何かつっかえ棒になりそうなもの…。

あ、そうだ。お兄ちゃんの鉄パイプを使えば、突っ張り棒代わりにならないだろうか?

「お兄ちゃん、武器…」

貸して、と言おうとして、お兄ちゃんの方を振り向き。

そして、愕然とした。

「お兄ちゃんっ…!?」

「っ…」

お兄ちゃんは、がくん、とその場に膝をついた。

私は、慌ててお兄ちゃんに駆け寄った。

お兄ちゃんは、背中を撃たれていた。

…当たったんだ。さっきの、ピストルが。

私を…私を、庇って…!

「お兄ちゃん…!お兄ちゃん!ごめんなさい、私が…!」

私が迂闊に声を出して、黒衣人間達に気づかれてしまったから。

そのせいで、お兄ちゃんが…!

それなのに。

「違うよ…。のぞみのせいじゃない…」

撃たれた場所から、どくどくと出血しているのに。

お兄ちゃんはなおも、私を庇おうとしていた。

…どうしてなの、お兄ちゃん。

こうしてはいられなかった。

「お兄ちゃんっ…。傷、見せて…」

手当をすれば、何とか朝まで持ち堪えられるかもしれない。

…死なずに済むかもしれない。

お兄ちゃんを死なせたくなかった。決して。私のせいで。

私はお兄ちゃんの服を捲って、止血が出来るかどうかを確かめようとした。

しかし。

「…っ!!」

あらわになった銃創は、明らかに致命傷だった。

どうやらあのピストルは、通常のものとは違う、特殊な弾であるようだ。

たった一発撃たれただけなのに、撃たれた場所から亀裂が走るかのように、傷の周りの肉が痛々しく裂けていた。

そこから、とめどなく出血している。

…縛った程度では、止められそうになかった。

「…お兄ちゃん…どうして…」

私は、ぺたりとその場に崩れ落ちた。

…どうして、いつもそうなの。

私を置き去りにして一人で逃げれば、お兄ちゃんは無事で済むのに。

こんな…痛い思い、せずに済むはずなのに。

どうして、私を庇ったりするの。

…いや、そうじゃない。

ハナから…私が、一人で悪夢に苦しんでいればよかったのだ。

私がお兄ちゃんを…この悪夢の世界に引き込んでしまった。

私一人が苦しんでいれば…お兄ちゃんを犠牲にすることなんてなかった…。