神に選ばれなかった者達 前編

僕は、裸足でアパートから駆け出した。

のぞみの泣き声を、必死に追いかけていった。

アパートのゴミ捨て場に、錆びた鉄パイプが転がっていた。

一体誰が捨てたものなのか。

でも、その時の僕にとっては、有益な武器以外の何物でもなかった。

先程母に蹴飛ばされたことから、素手で組み付いても無意味だということは分かっていた。

武器が必要なのだ。

だから、無意識にその鉄パイプを掴んでいた。

走り出すと、先程蹴飛ばされた腹部が、軋むように傷んだ。

思わずよろけそうになったが、足は止めなかった。

一体、この痩せ細った自分の身体の何処に、こんな底力があったのか。

命の危機が迫ると、誰しも本能を剥き出しにする。

そして。

「お兄ちゃん…!お兄ちゃん!」

「のぞみ!」

僕の執念が、のぞみに届いた。

のぞみを抱える母の背中に、ようやく追い付いたのだ。

僕の姿を見たのぞみが、再び必死に手足をばたつかせた。

「ちっ、じっとしろっての!」

「ぎゃっ!」

母は、のぞみを大人しくさせる為に、のぞみの顔を殴りつけた。

それを見て、僕は再び激昂した。

最早、躊躇う必要は何処にもなかった。

この女は、僕ののぞみを傷つけた。

僕の大事なのぞみを、僕から取り上げようとする。

敵だ。

この時僕にとって、母は「母さん」ではなかった。

今、夢の中で戦っているゾンビや、人面犬と同じ。

僕ら兄妹を傷つける、敵でしかなかった。

敵は排除する。

誰だって、自分が殺されるくらいなら、相手を殺した方がマシだろう?

それと同じことだ。

僕は、母の背中に思いっきり、渾身の体当たりを食らわせた。

「…っ!?」

母はつんのめって倒れ、ようやくのぞみから手を離した。

本当は、背中を殴りつけてやりたかった。

でも、先にのぞみを母の手から離さなければ、のぞみまで傷つけてしまう恐れがあった。

本能で動いていたはずなのに、こういう理性はちゃんと働いていたことに、我ながら驚いてしまう。

のぞみは、母の手から離れた。

…つまり、もう容赦をする必要はないということだ。

「こ、このガキ…!」

母は、憤怒に燃える顔でこちらを振り向いた。

その表情が恐怖に変わる前に、僕は裁きの鉄槌を下した。