神に選ばれなかった者達 前編

「やめて…。のぞみを連れて行かないで!」

僕は、必死に母の身体に取り縋った。

のぞみを連れて行かせる訳にはいかなかった。絶対に。

しかし。

「邪魔だよ!」

まとわりついてくる鬱陶しい動物を追い払うかのように、母さんは容赦なく僕を蹴り飛ばした。

その痛みに、思わず悶絶したが。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

異常を察知したのぞみが、手足をバタバタとさせながら、必死に僕を呼んでいた。

僕に、助けを求めていた。

それを見て、僕の中で何かのスイッチが入った。

…助けなきゃ。守らなきゃ。

連れて行かれてしまう。僕の大事な…生きる希望。唯一の希望が。

「のぞみ…のぞみ!」

痛みも忘れて、僕はラグビー選手みたいに、母さんに組み付いた。

「ちっ…邪魔だって言ってるだろ!」

母さんはそんな僕を鬱陶しがり、二度、三度と殴りつけ、髪の毛を鷲掴みにして引き剥がそうとした。

頭皮を剥がされるような痛みが走ったが、その時の僕は、痛みなんて感じていないようなものだった。

のぞみは僕の命なのだ。

命を守る為に、必死にならない者がいるだろうか。

連れて行かせるものか。絶対に。

何度引き剥がされようと、僕は母さんに食らいついた。

「…っ、この…っ!」

あまりにしつこい僕の猛襲に、母さんはついに痺れを切らした。

母さんは、渾身の力を込めて僕の腹部に蹴りを入れた。

その一撃に、僕は文字通り吹っ飛ばされた。

壁にぶつかって、その場に倒れ伏した。

一瞬息が止まった。目の前に火花が散っていた。

すぐに起き上がろうとしたけど、出来なかった。

「げほっ…がはっ…」

空っぽの胃の中が掻き回され、その場に黄色い液体を吐き出した。

ようやく僕を引き剥がしたことで、母さんはのぞみを抱え、アパートの玄関から出ていった。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」

のぞみが泣き叫ぶ声が、段々と遠ざかっていく。

連れて行かれてしまう。僕ののぞみが。

僕の生きる希望が。

のぞみが殺されてしまう。それはすなわち…僕もまた、殺されてしまうということだ。

のぞみがいなくなったら、僕は生きていけない。

助けなきゃ。守らなきゃ。絶対に。

「のぞみ…。…のぞみ…」

それは最早、理性ではなかった。

その時僕の中にあったのは、ただ、生き延びることへの本能。

自分が生きる為なら、何でもする。

…そう、何でも、だ。