神に選ばれなかった者達 前編

これが現実だったなら、多分もっとぼんやりしていたと思う。

だが、この時の俺は、自分でも褒めたいほどに俊敏で。

そして、容赦がなかった。

それが敵だと認識すると同時に、俺は片手に握っていた錐を、思いっきり黒衣人間に突き刺した。

「ウグッ…」

ずぶっ、と錐が肉に突き刺さる音、そして黒衣人間の呻き声が、何処か他人事のように聞こえた。

それよりも、錐が肉に食い込む感触が、生々しく伝わってきた。

ただ、バケモノでも呻き声は人間並みなんだな、とどうでも良いことを考えた。

それよりも、ぐずぐずしている暇はなかった。

俺の錐は、深々と突き刺したところで、致命傷にはなりにくい。 

すぐさま錐を引き抜き、もう一度振りかぶった。

しかし。

俺に襲いかかろうとしていた黒衣人間は、慌てて身を躱そうとした。

そのせいで、心臓を狙ったはずの錐の狙いが外れ。

黒衣人間の左腕を、グサリと突き刺しただけだった。

「ちっ…」

思わず舌打ちが漏れた。

腕じゃ駄目だ。致命傷にならない。

急いで引き抜き、改めて敵の急所に錐を突き刺そうと、再度振りかぶったが…。

…俺の攻勢が続いたのは、ここまでだった。

「くっ…!?」

背後から、別の黒衣人間が迫ってきたかと思うと。

口元に、布切れを当てられた。

さすがに、複数人相手に不意をつかれては、こちらに為す術はなかった。

あわや窒息死させられるのかと思ったが、違っていた。

口元の布切れから、薬臭い匂いが漂ってきた。

同時に、電池が切れかのように、一瞬にして意識が途切れた。

万事休すだった。

あとは、せめて楽に殺してくれるよう祈るしかなかった。

そして、今も手術室のクローゼットの中に隠れている、みらくのことが脳裏に浮かんだ。

…済まない、みらく。

頼むから、俺に何かあっても、お前はそこから出てこないでくれ。