神に選ばれなかった者達 前編

そりゃもう、最初は大層びっくりした。

「…。…!?」

気がついたら、海の底にいたのだ。

そりゃ誰だってビビるよ。

ほたるは、慌てて周囲を見渡した。

しかし、そこはやはり水中、と言うか海中だった。

後に、生贄仲間の先輩である、久留衣萌音ちゃんに尋ねてみたところ。

経験豊富な萌音ちゃんでも、さすがに海中で戦ったことはないらしい。

「息出来るの?」って聞かれた。

それが出来るんだよ。不思議だろ?

夢の中だから何でもアリってことなんだろう。

深い海の底なのに、普通に息が出来る。不思議。

ほたるも、そのことにびっくりしていた。

「水の中なのに、息が苦しくない…」って。

ところで、ほたるは泳げなかった。

ほたる、って川の生き物の名前してる癖に、泳げないとは。

まぁ、魚じゃないからな。蛍って。虫だから。所詮。

現実では泳げないけども、夢の中ならば都合良く泳げるんじゃないか?

そう思ったほたるは、下手くそなバタ足を試して…みたのだが。

全ッ然、泳げなかった。

夢の中でも、そこまでは甘くないってことだな。

そして、海の中というフィールドに置いて、泳げないというのは致命的だった。

酸素が吸えなくて死ぬことがないのは、せめてもの優しさと言うべきか。

それでも、その時点でほたるがショックを受けることはなかった。

だって、これはあくまで夢。

ただ海の中でふわふわ漂っているだけなら、悪夢ではなかった。

むしろ、面白い夢だなぁと思った。

これがもし、もっと綺麗な海の中だったらもっと楽しかっただろうに。

そう、その海は深くて、黒かった。

まるで、泥水みたいに濁った色をしていた。

普通深海って言ったら、透き通った美しいブルーの景色をイメージすると思う。

色とりどりの小さな小魚が周囲を泳いでいて、綺麗なサンゴ礁があって…みたいな。

イメージしづらかったら、「ダイビング 綺麗」で画像検索してみ。

そんな感じの景色。

それなのにこの海は、暗かった。

暗くて黒くて、光が差さなくて。

まるで、海の魔女でも出てきそうなほど、薄暗くじっとりとした深海。

そのことに、ほたるは落胆した。

…どうせ海の中の夢を見られるなら、もっと綺麗な海だったら良かったのに。

自分の醜い心の中を表しているようで、嫌な気分だった。

…すると。

夢の中の海の中でふわふわしていると、ふと、暗い視界の向こうに、何か大きな岩のようなものが見えた気がした。

「…何…?」

驚いたほたるは、そちらの方に向かって歩き出した。

泳げなくても、深海の砂の地面を歩くことくらいは出来た。

…おっそいけどな。歩くの。

イメージしづらかったら、プールの中を歩く時のことを想像してみると良い。

普通に陸の地面を歩くより、ずっと遅いし、歩みが重くなるだろ?

深海を歩けることにびっくりしたほたるだが、それよりも海の中で普通に喋れることに驚くべきなんじゃないかと思う。